モノに頼る

最近は西野塾であまりそういう光景に出くわすことは少なくなったが、以前は教室で怪しげなセールスをする人が複数いた。教室にそうした行為を禁止する張り紙が張られたのには、そうした経緯がある。かく言う管理人も、なにやら怪しげなものを勧められたことがあるが、勿論きっぱりと断った。

事の良し悪しはともかくとして、昔の西野塾には「とにかく不思議なもの大好き」というような人が大勢集っていたという事情もある。現在の客層(?)は、そこからするときわめて健全だ。私は、不思議なこと大好き人間ではなく、むしろ懐疑主義的な人間だったので、怪しげなものを売りつけようとする人を毛嫌いしていた。

いずれも、「気を高める」というような売り文句が共通していた。水晶のネックレスとか、何とかという繊維を織り込んだシャツだとか、万病に効く(?)という健康食品だとか、とにかく、値段がバカ高いという点も共通していた。

勿論、その人はそれを使って何か良いことがあって、善意で勧めていたのかもしれない。しかし、そうした光景を見るに付け、私は何か釈然としないものを感じたものだった。西野流呼吸法は、自分の呼吸を改革することによって若々しくエネルギーに満ち溢れた身体を獲得する道ではないのか? 何故、そうしたポリシーの西野塾の教室で、そんなセールスをするという厚顔無恥な行動を取れるのか? あなた方自身は一体何のために、呼吸法を稽古しているのか?

そして、私は当時初心者だったけれど、先輩方に向かって言いたかった、

モノに頼るな!

と。

その考えは今でも変わってはいない。私自身その後、病気で息も絶え絶えで、自力で何かをするということは全て難しいというような境遇も味わったが、考えは変わらない。自分で自分の人生を切り開ける方法論を考案してくれた西野先生に感謝しているし、今後もモノには頼らない。

だって、60兆の細胞を活性化させることができるのなら、どう考えてもモノに頼るより前向きで強力だろうから。

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