気が上がる
最近はあまり言わなくなったが、西野塾では以前「気を上げないように」と良く指導された。今ではあまり言わなくなったが、これは「気」という概念が前面に出なくなったためで、方法論としては変わっていないと思う。
先生のご著書にもある通り、気は「上がりやすく、下がりにくい」ようである。実際、上げるのは実に簡単、下げるのは難しい。もっと分かりやすく言うと、「頑張る、力を入れるということは簡単だが、平常心で緩めるということは難しい」ということに繋がる。「ねじり鉢巻」はまあその心意気は貴いかもしれないが、意外に結果は伴わないものだ。特に、相手のあることではなかなか思うに任せない。相手も頑張っているのだから当然だ。
私は周りから「気が下りて」いるように見られるのか(?)、西野塾で「どうやったら気が下りますか?」などとしばしば聞かれる。しかし、あまり気の利いた返答はできずにいる。少なくとも、自分は西野塾で教わるとおり忠実にやってきただけであり、秘訣など何もない。もしその人も教わるとおり忠実にやってきていて、西野先生と塾の指導方針を信頼しているのなら、あとは年数の問題でしょう? 続けるしかない。
対気で自分よりはるかに強い相手として上がってしまうのはある程度仕方ないと思う。それとはまったく別の次元で、足芯呼吸をして自然と四元が充足するようになっていれば、頭に気が上がることによるいろいろな弊害は起こり得ないのではないかと思うが、どうだろう?
でも、対気をしていてあきらかにノドモトから胸の辺りに気が上がりまくっている人も結構いる。一言言ってあげたいけれど、私にはそんな権限もないし、余計なお世話なことは分かっているし、最近は楽しめて若返れれば良い、という人も多いわけなので、あとは本人が自分でつかむかどうかということなのでしょう。基本を真面目にやっていれば、分かるはず!