平成元年

 平成元年という年は「西野流呼吸法」を知るうえで、いろんなことがありましたね。本でいえばそれまでだと西野先生の「西野流呼吸法」と、由美先生の「バイオスパーク」「ダイナフロービスク」(手元になし)だけしかなかったんです。それが平成になって「由美かおるの『西野流呼吸法』」と先生の「気の発見」、おまけに「マンガ『西野流呼吸法』入門」まで出て、特にマンガのひとこまに西野塾の床にペラペラと何かがあるけど・・・、行ったらわかってなーるほどでした。

 本屋さんにたのんで何冊も買って配ったけど、やってるのはひとりもいません。値段は1000円でした。毎月の「合気道マガジンAIKI」が楽しみで、いつも本屋を覗いたもんです。初めて買ったのは7月号で、よくみたら飛んでるのは佐々木指導員と違うようです。ビデオも出ました、SONYから「気」(VHS)と8ミリビデオ「気の大研究」3巻です。

 もうひとつの「気の大研究」(小学館ビデオ)は翌年だったです。TV放映もありました、フジ8チャンネルの「25時間クイズ」で「西野流呼吸法」のコーナーがあり先生が生出演でいろいろお話され、パフォーマンスもたっぷりでした。夏木ゆたかと河野景子(貴の花夫人)が司会で、たもり、つるべ、等々の出演者でした。対気の体験でたもりが屁をこいたのはおかしかったです。さすが生放送!!その後、西野先生の対気を見るのはワクワクドキドキでした。

 でもTVやビデオを見て「あれはヤラセだ、あんなになるわけない。」つて、やめた友達はいっぱいいてガッカリでした。別のチャンネルでも2週にわたってあったですね、宮尾すすむが司会してて対気を体験するんです。相手は女性で体験にしてはよく粘るけど最後には倒され、非常に悔しがってました。相手の女性はワイフ北村だったと聞きましたが?それはともかく女でんあんーなに強いとは・・・自分の回りにはひとりもいなかった、ゴロゴロいる今と比べると随分昔の気がします。

 メディアからは他に「健康」で「正座呼吸」が紹介され、またひとつ勉強になったと喜んだもんでした。(勘違い、翌年の4月号でした。)基本稽古のパターンはまだちょっとしかせずに、専ら対気にあけくれました。マットなしです・・・考えたら危なかった。だめサラリーマンの為のビッグ・トゥモロウに呼吸法の連載があったのも元年だったです。

 そうそう8CHの放映はちょうどぶすぱさんのハッピーバースディでしたよ、彼まだ西野流呼吸法のこと何も知らない頃ですよね。単に偶然でしょうね!「西野流呼吸法」を知ってからは何事も必然に結び付けるくせがついて・・・その後自分が西野塾の忘年会に初めて参加したときの、お土産のひとつに「気マガジン新年号」があって「西野流呼吸法」の大特集でした。

 「西野塾生の生の声」コーナーに「ぶすぱさんの投稿記事」があったのは単に偶然とは言えないものがあるんです、大分の連中にとっては・・・。大阪から大事に持って帰ったから先生の代わりに来てくれたんだ(鬼退治に)と、自分だけでなく皆が真剣思ってるんです。だから(ご褒美に)大分県の一村一品(いっそんいっぴん)のお土産に「あべちゃん」を持って帰ったんだと、みんなが信じてるんです、(奥さんのことですよ・・・)。だから彼が東京に戻った時には先生の代理だたんだと・・・確信です。なもんで、みんな自信を持って「西野流呼吸法」だけ稽古してるんです、未熟ではあっても・・・。
次回は練習又は稽古について

biomasachan でした

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