西野流が大分にやってきた(外伝)
〜 大分の仲間たちになれなかった人達 〜

一番手はこの人ですね、Kさん。
お店を経営している中年男性。
M氏との付き合いのあった人です。
わたしが呼吸法の稽古をはじめてすぐに紹介されました、気に興味を持ってる熱心な先輩として。
親切な人で、masaさん頭の中を回す方法がいいですよ、小周天といってわかりやすいですよ。
その頃には気に関する本を読み漁ってその類の知識は十分に持っていました。
もちろん西野流とは違うんだということもわかっていました。
だからKさんにそう話しかけられた瞬間にKさんの実力がおぼろげながらわかりました。
あ、この人の気に対する知識は私にとっては何のメリットもないのだということが。
でも、彼はその前の年に西野塾の忘年会に参加してたのです、塾生ではなかった筈です。
始めたばかりの自分にとってはそれだけでもたいしたことのように思えたものです(笑)
だから親切に話しかけられたときにはほんとにがっかりしたものです。

M氏が気を見せてあげるといって、教室の照明を消して薄暗くして頭を充足したのです。
頭が白いもやみたいなもので覆われてのっぺらぼうになったように見えました。
私もみようみまねでやってみたら同じようになりました。
Kさんがやってみたのですが、彼の顔は白くならずに黒い雲の塊が漂っていました。
彼は頭を使っているからこうなるのだとM氏が説明してくれました。
私は白くなるからいいのだと言ってくれたので喜んだものでした。
うちの教室を使って呼吸法の稽古をやりましょうと言ってきたのもKさんでした。
いいよ、自由につかっていいよといったのにいつの間にか私もそのメンバーに加えられてしっかり会費も徴収されて……。
それがアカデミーの呼吸法の稽古の始まりでした。
言いだしっぺのKさんが一番初めにやめてしまいました(笑)
私は面白いものだからやめる人の気が知れなかったです、いまは不思議でもなんでもないのですが。
もしKさんが、今のアカデミーに来たとしてもやっぱりはじけることもなくやめてしまうと思います。
結局そんなレベルの人でした。


Sさんもいましたね。
近所の喫茶店のママさんで、今も元気でやってます。
この人はほんと、がちんがちんで押されてもさがらないつわものでした。
はじめはぜんぜん反応しない人って今でもいますが、大分ではこの人が最初でした。
でもKさんと同じで、気に関する知識はいっぱい持っていました。
だから私も負けまいと始めに情報はいっぱい仕入れたものでした。
彼女は西野塾に行ったのです。
その頃は日曜日の稽古は2回だけでした。
2回目の稽古のとき指導員の先生に彼女はお願いしたのです。
「私は地方から来てるので今度いつこれるかわかりません、だから一度マットにぶつかるまで真剣にとばしてください」そう言ったそうです。
さすがに私も彼女の言ってる無理がわかりました(笑)
その頃はマットまでの距離がいっぱいあったのです、今の塾生が立つ位置に指導員が立って飛ばすわけです。
初心者にとってはマットにとどくのって大変なことでした。
私は大抵途中でしりもち、そしてでんぐり帰ってました。
彼女は本気で思っていたようです、指導員が気を出すのをコントロールしてあまり下がらないようにしてるんだと……。


あきなべちゃん
この人は私のダンスの生徒さんでした。
覚書に書いてるように、隣の喫茶店のテーブルの下で私の両手の間の白いものを指摘した人です。
この人ははじめから対気がいい感じでした、といってもM氏が言うにはでしたが。
でも、今で言う折れない手にはなってましたね。
自分たちは十分に力を入れてやってたけど彼女だけは力は入ってなかったです。
どうしてそうなるのって訊ねると力を入れると痛いから力は入れないようにしてるって、こともなげに言ってました。
それを聞いてこの人は天才だと思いました。
1年2年続いたのかな、彼女は、気が付いたら大分からいなくなっていました。
彼女はもう一度会ってみたいなと思います。
いや、ほんとに凄かったのか確認してみたいですね。


ななちゃん
この人はM氏の知り合いの所の従業員さんでした。
やはり呼吸法に興味があって稽古に参加しました。
呼吸法というよりも気を覚えることによって体を磨くと言ったほうがいいかな。
その頃は気によって病気を治すとか心をどうかするという目的のほうが売りでしたね。
で、彼女はものすごっく敏感なんです。
良く失神してましたね。
もちろん、M氏のせいでしたよ。私もやってみたかったけどね(笑)
私は、元に戻す役目専門でした。名前が勝つだから、活を入れるのがお手の物でした。
彼女は風が来るって言ってました。みんなも同じように感じているのだと思っていたようです。
私からのはかすかだと言ってました、始めて1年2年の私をです。
とにかく失神するのには往生しました、そのときはなりふりかまわずですからね。
いまはどうしているのでしょうね、当時は若かったですよ。


今度はおばさんでNさんです。
Nさんは対気ではじけるというよりも押されてマットまで下がっていく感じでしたね。
気というものがなにかに影響を与えるということは確信を持っていて、それだけのパワーを出せるようになるにはと言うことで呼吸法の稽古をやっていたようでした。
心の持ちようをものすごく意識してました。
あくまでも気持ちのありようで身体をコントロールするという確信みたいなものを持っていました。
だから、私とは意見が合わなかったです。
なぜ、稽古を続けたのかは不思議ですが、私からのエネルギーは感じていたから、西野流が何かなしにいいとは思っていたようです。
でもやはり長続きはせずに来なくなって1年近くたった頃、ある日教室にふらっと現れたのです。
いつもは化粧もしないNさんでしたが、その日は薄くでしたが紅をつけていました。
そして言うには
「先生、しばらくお休みします……」
何言ってるんだろう、もう1年近く来てないくせにと思いました。
その日はそれですんだのですが、その続きがすぐにありました。
1週間後にある人から情報が入りました。
「Nさんが亡くなりました。
車を運転していて、対向車線に飛び出し来た車と正面衝突、軽ワゴンだったから即死だった。
おそらく居眠りだったのでしょう」との事でした。
なぜあの日、わざわざお別れを言いに来たのかわかりません。


Gさん。
精神力で生きてきたような人です。
娘が先に稽古に来ていたのですが、その後に自分もとやってきました。
頭から腕という最悪のパターンでした。
エネルギーは強いのですが、半分以上が精神力だったですね。
娘がつわりで苦しんでいるときに、そんなのは気持ちの持ちようよ、しっかりしなさいって。
身体が大事なんだという説明はよくわかってくれるのですが、でも最後は何事も精神力になってしまうのです。
西野流も気の力をいただくといった手段の一つとして選択していたようです。
サイババが大流行した頃には何度もインドへ出かけたようです。
何年もの間、サイババのネックレスをしていましたが……。
その後に会ったときには身には何もつけてなかったです。
彼女自身はまだ今でも元気なのですが、身内はいろいろ大変なことがあるみたいです。
この人は長く続いたほうですね、残念ながら役には立たなかったようですが……。



今度はあるお嬢さんのケース
対気で腕をまっすぐ前にをしばらく続けていました。
若いだけあって早くにいい感じになりました。
「よし、それでOK!」
翌日から彼女は来なくなりました。
親が言うには、娘は良しと言われて合格したと思ったようです。
ものすごい解釈の仕方だと思いますが……。
大分でダンスを教えていて気づいたのですが、だめだめとおこってるほうが生徒さんの稽古は続くようです。
なまじ正直に良くできましたと言うと、やめてしまいます(笑)


こまさんがアカデミーに現れたときに、実はもう一人いたのです。
Sさん、こまさんよりも先にやはり同じドクターの患者さんでした。
同じ自律神経失調症で同じように紹介されてやってきたのです。
こまさんは子供がいたので必死で続けましたが、彼女は彼氏がいるだけの身、全体的にあまい感じでした。
彼女は何とかしてもらえることを期待していました。
自分で何とかするという考えは思いもよらなかったようです。
家での呼吸の稽古や華輪は苦しいからやってられないと言ってました。
自分の苦しい状態をわかってくださいと訴えるカウンセリングを期待していました。
今までの治療がそうだったんですね。
結局西野流とは相容れない情況でしばらくして来なくなりました、お家はすぐ近くだったんですが。
後日垣間見たことがありますが随分ふけた感じでした。
おそらくまだ結婚はしてないでしょう。


こんな人もいました、Mさん。
基本にしろ対気にしろちゃんとやらないといけないと思い込んでいるんです。
もっといい加減にやんなさいと言っても、そのいい加減が本当にわからないのです。
だからいい対気や華輪ができる筈もありません。
できないことをくよくよするのです。
なおさら言われることや周りの人みたいにちゃんとできるようにとあせってしまいます。
ちょっとした注意が叱責と受け止めてしまいます。
だから尚更ゆるむなんて無理な相談です。
それ以上に天遊や華輪をやってくれればいいのですが、そんな人ほど毎日の練習が次回のための復習や予習になってしまって効果は望むべくもありません。
結局ある日からぷっつりと途絶えました。
その後、大病を患ったと聞きました。


以上勝手に取り上げて言いたいことを言いましたが、これも私自身が未熟なるが故こうなったというケースがほとんどです。
ならば、今だったらうまくいくのかと言うとそうでもないと思いますが……。
ただ、今なら対気で手を合わせたときの印象でもう少し違う感覚を持ってくれたのではと反省はありますね。

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