オリアナガールズの巻

 昭和62年?、呼吸法を始める少し前の頃に、別府にイギリスの退役豪華客船SSオリアナがやって来ました。 別府湾クルーズを楽しめるとたいへん素晴らしい筈でしたが、残念ながら岸壁に接岸状態で固定されてて航海をすることはできず、ただ中を見学するだけでした。会社は船の中にホテルを作って泊まれるようにしたかったそうですが、旅館組合の反対でその計画は実現せずに終わりました。オリアナのオープンパーティーに運良く招かれて、そのあとの二次会の会場でオリアナガールズに出会ったんです。

 で、そもそもオリアナガールズとは、と言うことですが、彼女達はその船の中で一日何回かのショウがあり、そのステージをつとめるために集められた外人の女の子達です。お国は、メインがオーストラリア、そしてニュージーランドやカナダからも参加してました。 アメリカからは一人もいなっかたですね。 大英帝国のなごりなのか?皆20才から大卒ぐらいの歳の娘さんばかりで、10人程のグループでした。なかでもダンスのできるジェーンがリーダーとなってショウの振り付けをしてました。コーラスラインの雰囲気とかでなかなか楽しいショウでした。

 二次会の席では彼女達が集まっているところがすいていたので、ずうずうしくハロー、ハローと割り込んで自己紹介となり、プリーズコールミーマサチャン、アイムマサチャンの連発。あとは酔いにまかせて適当に、ただ、ダンスの先生をしてることと、おなじ別府にスタジオを持っていることは抜け目なく伝えて、いつでもおいで、ただでいいよフリーでいいよ。すぐに二人来ました、ジェーンとアンドレアです。 ハロー、マサチャンって。

 その頃教室では時々ミニダンスパーティーを開いてて、彼女達は二人とも社交ダンスは踊れなかったけどノープロブレム平気平気ってんで招待したら喜んで来てくれました。確かになにも踊れない、ただ椅子にすわっているだけでした。 ワルツやタンゴといった種目よりルンバやチャチャチャといったラテンダンスのほうが乗りがよくロックのリズムで踊るジルバも楽しそうにみてました。生徒も20代の娘さんが多かったので居心地がよかったのでしょう。「なにかおしえたら…」と言うもんで「よし、ジルバでも教えるか!」ということでジェーンを引っ張りだし簡単なステップを直接リードして踊りました。

 曲はチェッカーズの踊りやすいのを選んでたから乗りはよかったです。1曲が終わるときには簡単なステップなら完璧でした。 その間アンドレアは体をゆらせながら楽しそうに見てました。 次の曲でジェーンはアンドレアを立たせて今自分が踊った女性のステップを一緒に踏ませました。 アンドレアもさすがですすぐに初めてとは思えないほど完璧にこなしてみせたのですが……

異変?はすぐにおきました。

その曲はまだ半分残っていたんです。

 ジェーンがアンドレアをリードして踊り出したんです。男性のステップを踊ってアンドレアをリードしているんです。その前の曲で初めて女性のステップを踊ったのに、その次の曲で習ったこともないリーダーのステップを踏んで、またそのリードについて踊ったアンドレアもですけど……。 こんなことって……。 うちの生徒も皆びっくりデス。

 私が丁寧に少しずつ教えていってなんとかなのに彼女達はなんと言ったらいいのか、後にも先にもない経験でした。外人は違うとはよくいいますが、ジェーンはそれ以上でした、天才でした。結局二人はひととおりのことは踊れるようになりました。言葉がなんとかわかるようになってからジェーンにその時のことを聞いたところマサチャンみてたら自分と反対だから反対に動けば良いと思ったそうですが普通はわかったって動けません。 出来れば天才です。

 でも西野流呼吸法を続けてきた今、その彼女達の感覚がおぼろげながら見えてきました。 なるほどこうだったのかと……。西野流呼吸法は凡人を天才にほんのちょっぴり近づけてくれるんだと思います。オリアナガールズの巻でした。

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