初めての書きこみ〜ダンス時代

初めての書き込み・・・
ザウルスの画面が狭くて
ものすごく書きにくい。たいへんだ。
西野流呼吸法は平成1年春にノックもなしに
飛び込んできました。10年まえですよ、
懐かしい・・・、ダンスのことはあんまり
覚えてないけど・・・
呼吸法のことは細胞が勝手に覚えてて
リアルタイム総天然色で思い出します。
考えたりしたことはありますが
ただひたすらプラクティス、プラクティス
・・・。それにつきると思います。
考えたり、工夫したり、コツを求めたり
多いです、そんなひとが・・・
自分もそうでした、ダンスの時代には。
こりゃたいへんだ
biospaさんにたのもっと!!
つづきは近いうちに・・・
ダンス時代(20代)頭使ってました。
頭人間、頑固、自分本位・・・
体が動くわけがない。
ダンスの競技やってるころ(東京です)
自分より小さい選手はいなかった、本当に、
同じがあと二人、だから大きいのに負けまいと
めいっぱい頑張って・・・勿論、成績は・・・
・・・いろいろあって、もうダンスはやめて
田舎帰ろう・・・、決めたとたん生徒さんが
「先生、うまくなりましたね!躍り易い!」
余計な力がとれたんですね。楽になった
そして目のうろこがとれたんです。
今までこの人はうまい・・・、じゃなかった
それまで目にも止まらなかった人が・・・
但し、世間の評価は変化なしです。当然。
ダンス界では外人はとても上手で日本人とは
すごい差があって全く歯がたたない。
やってることが違うんだってところが
見えるようになつたんです。
今では、動ける体の持ち主(躍れる人)と
動けない体の持ち主(躍れない人)との
違いだから、努力したって無駄・・・
体を変えないと・・・
そしたら努力が報われます。
西野流呼吸法やってなかったら
「絶対(言い切りです)解らなかった」
ことがわかるようになったんです。
東京の時は、リーダーとパートナーとの間に
何らかのパワーが存在するなんてことは
考えることもなく、ただひたすら物理的な
力で相手を動かす努力をしていたんです。
つづきはまたあした
biomasachan でした

[1999年11月5日 23時41分5秒]

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