中心とは?
最近は、以前のように「中心」についてうるさく言われることはなくなった。でも、西野流では中心というのはスゴク大切な概念だと思う。
まず、基本の稽古からして、「身体の中心」を捉えることから始まる。私はもうベテランの域に入るけれども、未だにお臍とその真後ろの間の中心というのは捉えられていない。なんとなく、ぼんやりと感じているに過ぎない。
ただ、ここで言う「中心」と対気で言う「中心」とは分けて考えた方がよいだろう。対気でいう中心とは、中心線(正中線)のことだと考えてほぼ間違いないだろう。まず、自分の中心(線)を捉えて、そこから相手の中心(線)に向けて気を出す(とりあえずは手を出す)ことが出発点だ。
よく、初心者の方が「私は中心がすぐにずれてしまう」と言っているが、これは相手(指導員)の方が強いので当たり前のこと。もちろん、相手のプレッシャーを受けつつ中心を捉えられるようになれればしめたものだけれど、これはそう簡単ではない。強い相手と対気をして中心が取れないのは、当たり前のことなので気にしなくて良いと思う。
本当は、指導員も塾生に中心を取らせてあげて、その上で根こそぎ飛ばしてあげてくれれば、塾生の側も感覚がつかめるので一番良いと思う。但し、そんなことを1時間も続けるのはかなり大変なのは分かっているから、例えば最初の10分とか、限定でも良い。
不思議なことに、気の強い側が自然と相手の中心を押さえてしまうのだ!
私もキャリアの短い人と手を合わせたときは、例え片足でも相手の中心を押さえることは容易だが、ベテランの指導員が相手では全く思うに任せない。たとえ、物理的に相手の中心を押さえることが出来たとしても、いつの間にか相手が上に乗っているような状態になったり、あるいはこちらが浮き上がっている状態になってしまい、瞬時に立場が逆転してしまう。そのときに感じるのは、生命エネルギーそのものの差よりも、「身体の練り方の差」のようなものだが、でもやっぱりエネルギーの差なのだろう。
これが、西野先生相手だと「中心」などと考える暇も無い。どこを触られても飛ばされてしまうので中心もへったくれも無いし、触られなくても飛ばされてしまうのだから全くどうしようもない。中心ということを突き詰めていくと、逆にそこから離れる(超える?)という不思議な結果になるようだが、この辺りは私のレベルではまだまだ捉えられない高度な領域だ。まだまだ奥は深い。